大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成9年(ワ)15223号 判決

原告

山崎幸成

右訴訟代理人弁護士

込山和人

被告

山崎産商株式会社

右代表者代表取締役

山崎慶市郎

右訴訟代理人弁護士

坂本兆史

主文

一  被告から原告に対する東京地方裁判所平成七年(ワ)第一三〇六七号、同庁同年(ワ)第一八一四〇号、同庁同年(ワ)第一四一九〇号各事件の執行力のある判決正本に基づく強制執行は、右判決主文(別紙判決目録(一)記載の主文)第一項及び同第四、五、六項については、原告に対し被告へ金六一万八〇〇〇円及びこれに対する平成七年七月二九日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払を命じる範囲でこれを許さない。

二  原告の請求のうち、右判決主文(別紙判決目録(一)記載の主文)第四、五、六項について、原告に対し被告へ金六一万八〇〇〇円及びこれに対する平成七年七月二九日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払を命じる範囲を超える請求を却下する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  本件につき当裁判所が平成九年七月二九日になした平成九年(モ)第八三九一号強制執行停止決定は、これを認可する。

五  前項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告から原告に対する東京地方裁判所平成七年(ワ)第一三〇六七号、同庁同年(ワ)第一八一四〇号、同庁同年(ワ)第一四一九〇号各事件の執行力のある判決正本に基づく強制執行は、これを許さない。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  本案前の抗弁

1  原告の請求を却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  右二2に同じ。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原被告間の、東京地方裁判所平成七年(ワ)第一三〇六七号(以下「甲事件」という)、同庁同年(ワ)第一八一四〇号(以下「乙事件」という)、同庁同年(ワ)第一四一九〇号(以下「丙事件」という)の各事件(以下「本案事件」という)について、平成八年一一月一一日、別紙判決目録一記載の仮執行宣言付判決(以下「本件仮執行宣言付判決」という)が言い渡された。

2(一)  右各事件の控訴審(東京高等裁判所平成八年(ネ)第五四九二号事件(以下「本件控訴審」という))において、平成九年六月二五日、甲事件及び乙事件に対する控訴を棄却し、丙事件判決を変更(一部取消)する別紙判決目録二記載の判決(以下「本件控訴審判決」という)が言い渡され、被告が上告して現在上告審に係属中である。

(二)  被告は、本件仮執行宣言付判決の正本を債務名義として賃料債権に対して債権差押命令の申立てをし、平成九年三月一三日、右債権差押命令(千葉地方裁判所平成九年(ル)第四七〇号)が発令された。

被告は、右債権差押命令に基づく賃料債権の取立として、平成九年三月三一日、同年四月三〇日、同年五月三一日及び同年六月三〇日に、それぞれ金一四〇万円、合計金五六〇万円を訴外会社から受領した(以下「本件取立」という)。

(三)  原告は、本件控訴審判決後である平成九年七月一日、本件各請求債権の弁済に充当するため金六三八万五八二六円を被告名義の銀行口座に振込み支払った(以下「本件送金」という)。

3  原告は、本件控訴審判決で認容された金銭債務について、上告によって争わず、本件取立による弁済と本件送金によって全て弁済した。

4  よって、原告は、被告から原告に対する本件仮執行宣言付判決の執行力の排除を求める。

二  被告の本案前の主張

1  民事執行法三五条は債務名義が仮執行宣言付判決であるときはその確定前のものを明文をもって除外している。本件仮執行宣言付判決は本案事件が現在上告審に係属中であり未だ確定していない。したがって本件仮執行宣言付判決に対して請求異議の訴えを提起することはできない。

2  本案事件については現在上告審で審理中であるから、本件訴えは二重起訴禁止に触れるか、または、権利保護の利益に欠ける。

3  また、仮執行宣言付判決が債務名義となるのは民事執行法二二条二号によるものであるから、これを同条七号の「確定判決と同一の効力を有するもの」と解する余地はない。

4  したがって、本件訴えは不適法である。

三  被告の本案前の主張に対する原告の答弁

1  民事執行法三五条は債務名義が仮執行宣言付判決であるときはその確定前のものを除外している。この趣旨は、当該債務名義に係る請求権についての実体的異議の主張は上訴の方法によることができることから、請求異議の訴えを許さず、上訴の方法によるべきことを定めたものである。

しかし、仮執行宣言付判決に係る請求権について控訴審の口頭弁論終結後判決確定前に給付請求権の実体的異議事由が生じた場合には、当該事由はもはや適法な上告理由とはならないから上訴の方法によっては主張できない。それゆえ、このような異議事由に限り、本案判決の確定前であっても請求異議の訴えによることは許されると解すべきである。本件において原告が主張する請求異議事由は、控訴審の口頭弁論終結後の異議事由であるから、右の理由により請求異議の訴えによることが許されるべきである。

2  本件における異議事由が、右1のとおり適法な上告理由にならないことから、原告は上告も付帯上告もしていない。したがって、実質的には、本件控訴審判決の被告請求部分(本件仮執行宣言付判決が維持された部分)は確定したものと同様である。それゆえ、民事執行法二二条七号の「確定判決と同一の効力を有するもの」として、適法に請求異議の訴えを提起することができる。

四  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3は認める。

理由

一1  本件仮執行宣言付判決が本件控訴審判決により、丙事件について別紙判決目録(一)記載の主文第四、五、六項が同目録二記載の主文第二項記載のとおり変更されたことは、当事者に争いがない。

2  そうすると、民事訴訟法一九八条一項により、本件仮執行宣言付判決は本件控訴審判決によって変更された限度でその効力を失うことになる。そして、本件控訴審判決は、民事執行法三九条一項一号の「仮執行の宣言を取り消す旨を記載した執行力のある裁判の正本」として強制執行停止文書となり、これを執行裁判所に提出することにより変更判決の限度で執行処分が取り消されることになる(同法四〇条)。

3  したがって、本件控訴審判決によって変更された限度で、本件仮執行宣言付判決の執行力は喪失し、その強制執行排除の手続も請求異議訴訟の認容判決と同様である(民事執行法三九条一項一号、四〇条)から、右限度で本件訴えの利益を有さず不適法である。よって、却下を免れない。

4  次に、右範囲を超えた本件仮執行宣言付判決について本件請求異議の訴えが適法であるか、以下検討する。

二1  本件仮執行宣言付判決の本案事件が、現在、上告審である最高裁判所に係属中であり未だ確定していないことは当事者に争いがない。

2  民事執行法三五条は、債務名義に係る請求権の存在又は内容について争い(債務名義が判決の場合は既判力の基準時との関係で口頭弁論終結時後の事由に限られる)、執行力の排除を求めうる請求異議訴訟について、その要件を定めている。そして、請求異議の訴えが許される債務名義から確定前の仮執行宣言付判決が除外されていることから、同条項の文言からすると、本件訴えは不適法ということになる。

3 しかし、同条項が未確定の仮執行宣言付判決に対する請求異議の訴えを認めないとする趣旨は、仮執行宣言付判決に係る請求権の存在又は内容について異議を有するときは、当該異議事由を本案事件の上訴審において主張しうるので、別訴たる請求異議の訴えを認める必要性に乏しく、請求異議の訴えも認めると実質的に二重起訴になるばかりか、本案事件判決によって当該請求権(執行債権)の存否そのものを確定することができるから、そのほうが抜本的な紛争の解決となることにある。

4 ところが、判決が未確定であっても上告審に係属中である場合、債務者が事実審口頭弁論終結後に生じた事由をもって当該請求権の存在又は内容について異議を申し立てようとしても、右異議事由は適法な上告理由とならないから(民事訴訟法三九四条、三九五条)、もはや本案事件訴訟において主張することはできない。それゆえ、このような場合には、請求異議の訴えを認める必要性がある。

そして、当該異議事由について上告審は審理判断しない(同法四〇二条)ため請求異議の訴えの審理判断と矛盾する判断は生ぜず、かつ、請求異議の訴えは、本案事件と訴訟物を異にし、第一審の仮執行宣言付判決の執行力を排除する点で既判力を有するにすぎないから、原判決において適法に確定した事実に覊束される(同法四〇三条)上告審判決と抵触するとして請求異議の訴えを許さない理由も乏しい。

そして、上告審判決が破棄差戻(同法四〇七条)である場合には、本案事件と請求異議事件は審理判断の内容の点で実質的に重複して係属する状態となるが、前述二3の理由により本案事件を優先すべきであるから、請求異議の訴えを重複起訴ないし、権利保護の要件に欠けるものとして却下することにより審理判断の重複・矛盾の問題は解決される。

そもそも、手続法は、実体法秩序の実現を求められた場合に、その早期実現のために解釈上許される範囲で柔軟に運用されるべきであって、文言に忠実に解釈することによって無用の紛争(不経済)が生じるようなことはできる限り回避すべきである。

5 そうすると、未確定の仮執行宣言付判決についても、控訴審の口頭弁論終結後に生じた当該請求権の存在又は内容について異議事由が生じた場合、請求異議の訴えによって右仮執行宣言付判決による執行力の排除を求めることができると解すべきである。よって、被告の本案前の抗弁は理由がない。

三1  請求原因事実はいずれも争いがない。

2  本件送金は、本件控訴審の口頭弁論終結後の本件仮執行宣言付判決に係る請求権に対する弁済に当たり、その存在又は内容についての異議事由と認められる。

3(一)  本件取立は、その一部は本件控訴審判決(口頭弁論終結)後であり、残部分はそれ以前である(以下、前者を「本件取立①」と後者を「本件取立②」という)。

(二)  ところで、本件取立は弁済の効力を有するが(民事執行法一五五条二項)、本件仮執行宣言付判決の執行によって実現されたものであるから、控訴審はその執行によって弁済を受けた事実(本件取立②)を債務消滅事由たる弁済として考慮すべきではない(最高裁判所昭和三六年二月九日第一小法廷判決民集第一五巻第二号二〇九頁)。そして、本件控訴審の口頭弁論終結時までに、特段、原告が本件取立②をもって弁済とする意思を明示したことが認められないから、本件取立②は、右口頭弁論終結時までに生じた請求異議事由とはいえない(最高裁判所昭和四七年六月一五日第一小法廷判決民集第二六巻第五号一〇〇〇頁参照)。

(三) しかしながら、原告は、本件控訴審判決後に、本件仮執行宣言付判決の変更された限度で被告の本案請求を争わないこととして上告せず、右変更の請求債権に本件取立をもって弁済に当て、残りを本件送金によって弁済し、本件請求異議の訴えを提起しているのであるから、現時点では、本件取立をもって弁済と見ることができる。

そうすると、本件取立①②とも、本件送金と同様に、本件控訴審の口頭弁論終結後の弁済として、請求異議事由と認められる。

(四)  したがって、本件控訴審判決によって維持された範囲については、本件請求は理由がある。

4  なお、被告は、上告審において破棄差戻し、または破棄自判により、本件控訴審判決が本件仮執行宣言付判決の内容に変更される可能性がある間は、本件執行を継続する正当な利益を有する旨主張するが、前述のとおり、そもそも本件仮執行宣言付判決の執行力は、控訴審判決で取り消された部分について失効しているのだから失当である。

四  以上によれば、原告の請求は主文第一項の限度で理由があるからこれを認容し、その余は訴えの利益がないから却下することとし、民事訴訟法八九条、九二条本文、民事執行法三七条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する

(裁判官髙橋光雄)

別紙判決目録(一)(二)〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例